鋼構造物,鉄筋コンクリート構造物,基礎構造物などに代表されるあらゆる構造物を構築する場合,安全性を確保することは必ず達成しなくてはならない目標の一つである.もちろん,安全性と同時に経済性も無視することはできない.いくら安全性の高い丈夫な構造物を作つたとしても,採算性がなければその構造物が建造される可能性は少ないであろうし,また,経費を節約したがために,壊れやすい構造物になってしまったのでは現実的ではない.
採算性には金銭的なことも含まれるであろうし,公共性などの利用価値的な金額には現れないようなことも含まれる.このような場合には,どのような荷重状態まで安全性を確保するかといった,安全性の程度までが問題となつてくるため,総合的な意味で経済性や安全性の両者を満足させることは決してたやすいことではない.
安全性とは何を基準に考えたらよいのであろうか.一つには,構造物に重大な変形や塑性が発生しないよう,応力に対して安全率を考えることができよう.このような考え方に対する代表的な方法として,許容応力度設計法がある.しかし,鋼材などのように,ある荷重状態までは弾性と見なすことができるような特性を持つ材料なら比較的に考えやすいが,土や岩盤などのように,初めから非線形挙動を示す材料では許容応力度設計法を適用しにくいこともある.そこで,もう一つの方法として,構造物が崩壊するような荷重値に対し設計荷重にどれくらい余裕を持たせるかといった考え方が生まれてくる.すなわち,構造物の限界状態を知り,それから逆算して安全性を検討する方法である.このような設計法には
限界状態設計法がある.従来,構造物の設計法には,前者の許容応力度設計法が多く取り入れられてきたが,近年,より一層の安全性及び経済性を確保するため,限界状態設計法の概念が取り入れられつつある.
いずれにせよ,構造物を設計する上で,どの程度の荷重でその構造物が壊れるのか,また,壊れるとしたらどのような崩壊形式を示すのか,それらを理解しておくことは重要なことである.このような現象を理解するために適している手法の一つとして
極限解析法がある.従来,材料非線形に対する安全性の検討には,この極限解析法が多く取り入れられてきた.
従来の極限解析法を利用し,構造物を
剛塑性体に近似して解析的に崩壊荷重を求めようとすると,境界の速度条件に適合する
塑性流れ場を見つけ出すことに多大の労力が必要となる.実際の構造物などのように複雜なものとなると,このような
可容速度場を見いだすことが困難となり,多くの場合,数値解析手法に頼らざるを得ないのが現状である.
このような極限解析に対する離散化解析法の一つとして
剛体-ばねモデル(
RBSM : Rigid-Bodies Spring Model)がある.RBSMは故川井忠彦先生によって考えられたモデルで,別名「
川井モデル」とも呼ばれている.川井先生は塑性変形や破壊の本質はすべりにあるという基本概念からRBSMを開発した.
いま,RBSMを理解するため,
図1.1に示すような極端に理想化された剛体-ばね系を考える.この例は,二つの剛体が1本のばねにより結合され,単純に一軸引つ張りを受けた場合のモデルである.剛体は変形しないかわりにばねが伸び,このばねにエネルギーが蓄えられる.この概念を2次元,3次元へと拡張し,ばねの種類も単純に引つ張り,圧縮に対するもののみならず,すべりなどのせん断に抵抗するようなばねを導入したモデルがRBSMである.

$\hspace{7em}$図1.1 剛体-ばね系
すなわち,川井モデルは要素自身を剛体であると仮定し,要素境界辺上に分布したばねの仕事を用いて集中化されたエネルギーを評価する方法である.このように,本モデルは剛体とばねから構成されるモデルであることから,「
剛体-ばねモデル」
(RBSM)と呼ばれている.
RBSMでは,上記の理由から要素内応力を考えていないが,崩壊機構条件と要素境界面上の表面力に関するつり合条件を満足しているため, 崩壊荷重に対する
上界値を与える.したがって,RBSMは一般化された離散化極限解析用のモデルであると位置付けすることができる.
RBSMを用いた極限解析用のプログラムを理解し,作成する上で,極限解析手法に関する知識が無くても差し支えないが,基礎的な知識を持っていればより本質的な理解ができる.
航空機構造技術者によって開発され,電子計算機の発達に伴つて驚異的進歩を遂げた
有限要素法 (FEM : Finite Element Method)は,今日,構造解析の手法として不動の地位を確保するに至つた.FEMに精通されている読者も多いことと思う.
本書は,RBSMのプログラミングを理解するためのものであるため,FEM自身については触れず,FEMを理解している読者のために,FEMにおいて最も簡単な
定ひずみ要素(3節点三角形要素)を取り上げ,RBSMとの比較を行うにとどめる.FEMに関する知識を持ち合わせていなくとも,本書を理解することは可能であるが,できれば入門程度の知識があれば,プログラムを理解する上でより効果的である.
表1.1は2次元平面要素に関するFEMとRBSMとの大きな相違点をまとめたものである.以下にそれぞれの項目について説明しよう.
表1.1 FEMとRBSMの相違点
| 項目 |
FEM |
RBSM |
| 要素形状 |
三角形 |
任意多角形 |
| 自由度設定位置 |
三角形の頂点 |
要素内の任意点 (便宜上,図心点にとる) |
| 自由度 |
各節点において$(x,y)$方向の平行変位,2自由度 |
剛体運動を規定する$(x,y)$方向の平行変位と剛体回転の3自由度 |
| 要素剛性行列のサイズ |
要素毎に作成 $(6 \times 6)$ |
要素境界辺毎に作成$(6 \times 6)$ |
| 応力 |
要素内応力 (テンソル量) |
要素境界辺上の表面力 (ベクトル量) |
(注)FEMは3節点1次要素の例
(1)要素形状
FEMでは,解析領域を有限な要素(定ひずみ要素の場合は三角形要素)に分割する.
一方,RBSMにおいても,FEMと同様,要素に分割しなければならない.
この観点からすると,RBSMもFEMも同じ領域型解法の一つといえる.
ただし,RBSMでは要素内変形を無視し,各要素境界辺上の表面力に関するつり合いを考えているため,
要素分割形状をどのように行つても原則的にはかまわない.
図1.2はFEMとRBSMの要素分割に関する相違を示したものである.
(a)がFEMの場合,(b)がRBSMの場合における要素分割例であるが,
図からも理解できるようにRBSMでは任意多角形の利用が可能である.
しかし,実際にはRBSMを用いた場合でも,計算精度上,極端に偏平な三角形や多角形あるいは
凹角形の使用は選けた方が賢明である.

$\hspace{0em}$(a)FEM(定ひずみ要素)
$\hspace{2em}$(b)RBSM
$\hspace{5em}$図1.2 要素分割
(2)自由度設定位置
FEM における定ひずみ要素の場合,
図1.3(a) に示すよう,三角形の各頂点に自由度を設定する.ハイプリッド要素などのように必ずしも多角形の頂点に自由度が設定されない場合もあるが,そのような場合においても,予め決められた位置に自由度を設定する必要がある.

$\hspace{2em}$(a)FEM(定ひずみ要素)
$\hspace{4em}$(b)RBSM
$\hspace{6em}$図1.3 自由度とその設定位置
一方,RBSMでは各要素の変形を無視し剛体と考える.剛体の運動はその剛体内の任意の位置に自由度を設定することで規定することができる.この剛体運動から要素の位置関係を調べ,各要素間に書えられるエネルギーを評価する.
しかし,各要素の自由度設定位置がまちまちに設けられていたのではプログラミング上都合が悪いため,通常は
図1.3(b)に示すように各要素の
図心 $(x_G,y_G)$ に自由度を設けることが多い.
(3)自由度
FEMの定ひずみ要素では三角形の各頂点に自由度を設定し,各々の節点に 方向の平行変位 $(u,v)$ の2自由度を考える.
一方,RBSMでは,剛体運動を規定する $x, y$ 方向の
平行変位 $(u,v)$ と
剛体回転角 $(\theta)$ の3自由度を要素内の任意点に設ける.どちらの方法用いても変位量を未知数とし,求められた変位量から FEMの場合は要素内応力を,また,RBSMの場合は要素間の表面力を計算するため,変位型のモデルとして位置付けることができる.
(4)要素剛性行列のサイズ
FEMの定ひずみ要素では三角形の各頂点に $x,y$ 方向の変位自由度 $(u,v)$ を設定しているため,要素毎に,
2(各節点の自由度数)× 3(要素構成節点数)= 6
の自由度が存在する.したがって,要素剛性行列のサイズは(6×6)となる.
一方,RBSMは,2つの剛板を垂直方向とせん断方向に抵抗する2種類のばねにより結合し,このばねに蓄えられるエネルギーから要素剛性行列を求める.いま,各要素の自由度が3であり,ばねに関係する要素数が2であるため要素境界辺毎,すなわち,各ばねに対して,
3(要素図心の自由度数)× 2(ばね構成要素数)= 6
の自由度が設定される.このことから,要素剛性行列のサイズは(6×6)となり,FEMの定ひずみ要素と同じ行列サイズとなる.
(5)応力
FEMにおける定ひずみ要素では,
図1.4(a)に示すように,節点における変位から要素毎に要素内の応力 $(\sigma_x, \sigma_y, \tau_{xy})$ を計算する.

$\hspace{0em}$(a)FEM(定ひずみ要素)
$\hspace{5em}$(b)RBSM
$\hspace{7em}$図1.4 応力と表面力
一方,RBSMでは
図1.4(b)のように要素境界辺上における単位面積当りの表面力 $(\sigma_n, \tau)$ を求める.前者の応力はテンソル量であり,後者の表面力はベクトル量である.この相違により,非線形解析法に多少の違いが生じる.FEMに慣れ親しんだ読者がRBSMのプログラムを理解し作成する場合,FEMにおける節点をRBSMの要素に,また,FEMの要素をRBSMのばねに対応させて考えると理解しやすい.以上の他にもFEMとRBSMとの間には数多くの小さな相違があるが,混乱を招くような相違はほとんどない.